4月7日(木) 表現について

おはようございます。

今日は「表現」について書きます。

「表現」は「表」に「現す」と書きます。
と言うことは内にあることを外に出すということですね。
では、まずは内にないとどうにもなりません。
生まれてから、五感と言うアンテナを使って、いろんな事をキャッチします(感受性)
その感覚を現す「言葉」「表情」「ニュアンス」を体験を通して自然と学んで人は成長していきます。
と言うことは、気持ち悪いよ〜と泣いて、もう勘弁してよとおしめを変えるのか、
はたまた、あらあら、生きてるね〜、かわいいね〜、よしよし、などと声をかけながら「愛」を持って
おしめを変えるのか、大きく違ってきますね。
(いいとか悪いとか評価をしているのではないので、年ため注釈しておきます。
 もう勘弁して〜と変えることだってあると思います。そして、子供はまた学ぶのです。
 こういうこともあるんだなって。お母さんどうしたのかな?って。
 大人だって人間です。子供にひたすら会わせて自分を押し殺すのではなく、
 イライラする時もあれば、優しくできることもある。
 それを通して子供は「人」を学んでいるのだと思うのです。
 大切なことは、子供と出会えた感謝を忘れないでいられたらそれでいいと私は考えています。
 子供はみんな、親を選んで生まれ、親を喜ばせたいと一生懸命思っているのです。
 生まれたばかりの赤ちゃんでさえ、心があり、ただそれを伝えるすべがない。
 本当になんでも直にわかるお母さんのお腹から当然外へ出て、体は思うように動かないし、
 目は見えない。どれはど〜すればいいんだ〜〜。ってなってるんじゃないかな。
 って私は思っております。(笑))

親との関わりの中からたくさんの表現の種を内側に体験値として蓄積していくのです。
それらの種を組み合わせてどう踊るか、どう話すか、どう書くか、どうか奏るか、これが「感性」です。

感性は、人それぞれの彩(いろ)を持ち、その彩が舞台の上で、存在して美しい絵もようになったり、
綺麗な新しいいろになったりするのが、ステージだと考えています。

それを見に来た、たくさんの彩のお客さまが拍手や反応を消してくれます。
それにまた反応すると会場の彩は素晴らしいものになっていきます。
たくさんの感覚が動いて「感動」。この「感動」体験が心を育てるのだと思います。

よいお手本のような応対が必要なのではなく、時には残念な応対でもそこから学ぶ。
両方が必要です。苦がなければ、感動も愛も深まらないと思います。
むしろ、辛い思いや嫌なことは、自分の進化に一番大切なきっかけとなる。
どうしてそうなったの?
原因があって結果がある。因果応報。なら自分か嫌だなと感じるような態度を取られるときは、
自分の何かが原因なんだと思います。
その何かは、なかなかわからないですけど。
でも探せば必ず見つかります。

そう「表現」とは生きることそのものだと思います。
そして、いい悪いと評価することよりも、まずはやってみる。
それをそのまま受け入れる。良くないとかはそん次のこと。
表現の質を上げるためには、その先がまたありますが、それはまたの機会として。
とにかく「表現」することに、「不安や、ちゃんとできんといかん」とか「できんかったらどうしよう」
子供に、そう思わせない大人であるよう努力したいと思います。

私も、そんな大人になれるように、目下修行中です。
引き続き、よろしくお願いします。

今日も最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。

                                           合掌✴️千賀



  • 前へ
  • TOP
  • 前へ
コメント投稿
お名前
(ニックネーム)
 
URL  
タイトル
コメント
修正用パスワード
※投稿したコメントを修正する際に使用します。
Cookieに保存