5月4日(水) 「with コロナ」

久しぶりの規制のないGW。
5月4日(水) 

書いたなり、アップがうまくできず、すいません。

少し遅れましたが、4日のブログです。

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五月晴れの透き通った空と、爽やかな空気、もうすぐ夏よと知らせる太陽の日差し。
その下で賑わう人々の笑顔が眩しい、最高のGW。

県外ナンバーの車も多く、ひろめ市場や明神丸には、高知には珍しい「行列」ができていました。
そんな風景を見ると、少しだけ「大丈夫か??」という思いが湧いてきますが、
その思いも去年よりは、軽くなっています。

「大丈夫か?」
この不安と戦った足掛け3年です。
大丈夫じゃない!から大丈夫かな?となって、大丈夫やろうとなっていく気持ち。
この人の心の状態が、安心へとつながるまで、もう少しですね。

やっぱり、街は人がいてこそ楽しいですね。
人がいることが、こんなに活気あふれる街になるのかと改めて感動しました。
物じゃない、やはりそこに暮らす人なんですね。

人が安心して暮らせる。ということがどれだけ大きいことか。
あっちこっちのイベントで楽しみながら、実感しました。

また、1週間後、感染者の数字は上がるのでしょうか。
でも、今回は、「大丈夫」そんな空気感を感じます。

無責任なことは言えませんが、確かに街に「大丈夫感」がアップしてきたように思います。

この2年間で見てきた「大丈夫じゃない世界」で見つけた「安心」の尊さと
どんな時でも「大丈夫」にしていく人の力を感じた1日でした。

人って素晴らしい!!!

今日も読んでくださりありがとうございました。

合掌✴️田村千賀



5月3日(火) 「予定調和」

5月3日(火) 予定調和

今日も、読んでくださりありがとうございます。

「今日はこれとこれをしよう」と予定を立てて1日を始めました。
すると、思いがけない連絡や突然のお客様がおいでたり、予定を変えなきゃならなくなりました。

「え〜〜〜、これやろうと思うちょったのに〜〜」
立てた予定にこだわると、なんでそんな連絡を今してくるかな〜?
と自己中心的考えが出てきます。

でもちょっと見方を変えてみて「なるほど、じゃあ、立てた予定のこれは今日じゃなくてもいいから、
これは明日やって、今日はこの連絡きた分をやろう。」と予定を組み替えてやってみました。

そうすると、思いの他、ことが片付いたり、会いたかった人に会えたり、
不思議な偶然が重なったりしたのです。

もし「この予定を今日できんかったらまずい」という気持ちで動いていたら、
ものすごく心がざわめき、物事に集中できなくなったり、やってることがうまくいかんと
と、「だから、突然電話かかってこんかったらよかったのに〜〜〜。」と些細な失敗を
誰かのせいにしたくなったでしょう。

そう、「予定調和」や。そう、思ったら気持ちを切り替える事ができました。

昔、おばあちゃんがよく言っていました。
「何事も神様のおぼしめしよね。」と。
そして、おばあちゃんはこうも言っていました。
「神様は悪いようにはしやせんき」。

今日のことをおばあちゃんの言葉に当てはめて考えると、
そもそも、自分が立てた予定が完璧ではありません。
私が立てた予定では、私にとって良くないから、この連絡を入れて、この客さんを
いかせて、神様が私の予定を変えてくれって事でしょうか。

あ、この方がよかったやん。とか
今日は、思いがけず会いたかった人に会えてよかった。とか。
あの時、予定のまま進めちょったら、災難に遭うところやった。とか

神様が段取ってくれた「予定調和」があると思えば、
肩の力が抜けて楽しい時間を過ごすことができますね。

ものを見る目を自分の視点から、自分の外の視点に切り替える。
おばあちゃんが話してくれたことって、
やっぱり奥が深いなあ。

最近よく、おばあちゃん語録を思い出します。
おばあちゃんの残してくれた言葉のなかみが深くなるように感じる今日この頃です。

さ、今日も「予定調和」の1日スタートです。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。

合掌✴️田村千賀



5月2日(月) 「5月に思うこと」

5月は私にとって特別な月となりました。
5月8日は、大切な友達の命日、
 20日は、母の命日です。

去年の今頃は、まだ母が生きてたと思い出します。
時間が戻せるのなら、こうするのにな。
「後悔」が波のようにひいては、また押し寄せてきます。
どんなにやっても「後悔」してしまいます。

人は死んだらどこへいく?
いろいろ読んだ本には、肉体は無くなるけど、魂はいつもそこらじゅうにいてくれるよ。
ただ、その人を思うだけで、すぐそばにいてくれると書いてありました。

そうですね。確かに、いつも気がつけば心で母と話しています。
いつも母に叱られています。
「ちゃんとかつづけなさいよ」
「今日は、〇〇さんにもっと優しくしてあげたらよかったんじゃない?」
「食事は、ちゃんと規則正しく食べないかんぞね」
「仕事は、やりすぎたらいかん」
「自分におうたことをやりなさい。分不相応なことはしたらいかん」

叱られるたびに、私は心で答えます・
「はいはい、わかっちゅうちや。」
たまには、ほめてや〜〜と思う私。(苦笑)

全くいつまでも、甘えた娘ですね。(笑)

母のお小言やお説教も今は愛おしく、素直に聞けます。
生きてる時に、どうしてもっと素直にできなかったかと反省しきりです。

全くわがままなものですね。

いつも見守ってくれた母、きっと今も見守ってくれている母。
心配かけどうしですが、たくさんの方に支えられて元気にやっていますから。
と、手を合わせる5月。毎年心を顧みて新しい人生へのスタート月。

さあ、この一年も楽しむぞ!

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。

合掌✴️田村千賀



5月1日(日)「五月晴れに鳴子が光る」

4月30日は快晴。しかもま〜るい虹?太陽の周りに丸い輪っかが見える
不思議な空の写真がFBにたくさん載っていました。

29日のしっかり降った雨の翌日は、景色がより綺麗に見えました。
街がシャワー浴びたみたい。
緑が鮮やかになって、日差しは夏に向かっています。

よさこい特別演舞の開催決定から、心なしか鳴子の音が大きくなってきたように感じます。
GWのこうち旅広場もいつもより演舞回数が増えています。
(通常は、11時と13時の2回。GWは、10時〜、11時〜、12時〜、
 13時〜、14時〜、15時〜)
そして、いつもは会えないチームにも会えます。

旅ひろ演舞情報
https://kochi-tabi.jp/information.html?id=22

5月3、4日ははりまや橋商店街で イベントがあります。

5月12日からは「まちなかよさこい」も始まります。

商店街に鳴子の音が戻ってきます。

まだまだマスクは外せんませんが、規制のないGWが迎えられたのは、3年ぶりです。

少しずつ、新しい日常を取り戻すことができたら最高ですね。

2年間止まったよさこいは、思いのほか動かすのが大変です。
出場を考えるチーム、踊り子さん、
いつものようには、踊り子さんが集まるのは難しい。
そうすると、一人一人にかかる負担も大きくなる。
参加費負担も増えるかもしれません。
なんとか動かしていくのは、制作スタッフ、踊り子さん、チーム運営の皆さん
み〜〜んなの力が必要なんだなあと実感しています。

よさこい復活への道は、またまた人の力の大きさと存在の大きさを
実感する時間となっています。

みんなで、手を取り合って、前に前にと進んでいきたいと思います。

皆さん、応援してください。
心からお願い申し上げます。

「1」は始まりの数字。まさによさこい復活への始まりとなったなあと
実感しています。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

合掌✴️田村千賀



4月30日(日)「継続 1ケ月」

4月30日(土)「継続1ヶ月」

みなさま、おはようございます。

4月1日に閃いて「ブログ」を書き始めて、ついに1ヶ月続きました。
びっくり〜〜。(笑)

学校や仕事を除いて、1け月続いたのはあったかなあ〜というくらい
久しぶりです。もしかして初めて???くらい成功した記憶はありません。

継続して毎日やろうというほとんどの決め事が3日坊主に終わる私が、
いつまで続くかと自分で自分をいじる日々でしたが、
段々と描くのが面白くなってきました。

それは、皆さんがくださる反応です。
そして、毎日、ブログを添削して文章を教えてくださる、
恩師丹下先生のおかげです。
(丹下先生のことは別の機会にまた書かせてください)

朝起きて浮かんだことを書くということで、1日のリズムができたり、
自分の考えを整理できたりして、とてもよかったです。
こんなこともあったなって。
読んでくれました皆様、心から感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。

元々、リトルの事や私の考えを関係者の方に知っていただきたい。
リトル30年の感謝を伝えれれば、嬉しい。
自分を育ててくれた、たくさんの皆様へのありがとうをどうやったら
伝えられる??
そう考えていて閃いたのが「ブログ」でした。
この私のひらめきを後押ししたことがあります。

須賀先生とハワイマウイ島に行った時、マリア様と繋がって色々メッセージを届けてくれるリーディング(私や未来と見てくれる日本的にいううとイタコ??占いとはまた違うのですが、うまく説明できません)
を受けたことがあります。
その時に「あなたのライフワークは、ライティングです」といわれました。
ライティング?照明に興味のあった私は、「照明家?」って聞いたら
「いえいえ書くほうのライティグです」
と言うのです。たしか33歳くらいの時でした。

「出た〜〜。これは絶対違う。作文大嫌いな私が書く人??
 ナイナイ。」と心でそう思って帰国しました。

すると1週間後1本の電話がなりました。
「田村さん、よさこい読本のライターやってもらえませんか?」
え?ライタ〜〜〜??耳を疑いました。

私「え?私がライタ〜って??やったことないですが、私がですか?」
編集者「はい、田村さんなら、よさこいのことがわかってるのでいいかと思いまして」
ありがたいお話ですが、領分の違う事だしやっていいのかと考えていましたが、
同時に「あなたのライフワークはライターです」の一言が湧いて出てきました。
そこで思い切って「はい、やらせていただきます」と大胆にも答えたのです。

何回めかのよさこい読本ですが、取材させてもらったのは、振り付けの吉田先生、
岩目一郎さん、帯筋の曽我さん、染め物の北村文和さんです。
それがご縁で、翌年から帯筋の振り付けをさせていただくようになりましたので、
ご縁がどこでどうつながっているのか、本当に不思議です。

この経験を想い出してまた「あなたのライフワークはライターです」
の一言が、私の背中を押して、ブログスタートとなったわけです。

30代の体験がどんなふうに繋がっていくのか、
とりあえず、3日、3週間がクリアしましたので、次は3ヶ月に向かってみます。
継続した先に見える心の景色を楽しみにして、コツコツ行こうと思います。

よかったらみなさま、引き続き読んで下さいましたら幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

今日は、短いですが、不思議体験と心からの感謝をお伝えしたいと思います。

今日もありがとうございました。そして引き続き、よろしくお願いします。


合掌✴️田村千賀